庭の観察記録
身近な自然の観察記。すぐそこにある自然を通じて、生物の多様性と神秘を味わい、クォークから宇宙まで想いを馳せる。
201707<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201709
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-)
地球温暖化が問題視されるようになって久しいと思うが、ところで、その根拠となる地球の平均気温とはいったいどこを測定してそういっているのであろう。

地球上のあらゆる点に温度計をおくことはもちろんできない。当然、いくつかの観測点に置くことになるが、これが問題だ。その観測点をどう選ぶかである。この選び方によって、平均気温なんぞはいくらでも変わることになる。ちょうど、日経平均株価が、銘柄の入れ替えによって値が変わるのと同じである。

100年以上前からの地球全体の平均気温という数値がもしも出てくるとしたら、かなり怪しい数字だろう。今も発展途上国と呼ばれている地域で、100年前、どれだけ正確に気温を測って、そしてそれを記録していたかなど、大変疑わしい。

そう考えると、地球の温暖化という考え方すら、怪しい。
特定の地域、たとえば、東京について、同じ地点で100年間観測を続けてきたというのならば、まだ分かる。ただし、これで分かるのは、東京の平均気温の変化だけである。地球全体にはならない。

実際に、温暖化を研究している人たちによると、どうやらはっきり数字で出てくることは、都会の年間平均気温は上がっている。それも、最低気温が上がっているということである。これならばわかる。

いずれにせよ、平均という数字が出てきた場合は要注意である。平均というものはしょせん最初の近似に過ぎない。平均がそんなにも有用ならば、受験で偏差値は登場しない(その偏差値ですら、有用であるためにはいくつかの条件が存在する)。

また、数字というものは、ひとたび出されると客観的な説得力を持つが、実はその数値化するまでの過程に多くのあいまいさ、不明確さがあり、数値化された瞬間にそれらが隠蔽されてしまう。地球の平均気温などはその好例であろう。

かくして、地球の平均気温とは、いったい何をさすのであろう?観測点の選び方によって、なにかの指標になることは間違いない。しかし、それはまたどれくらいの年月、どの程度正確なのであろう。こういったことをふまえてはじめて、地球の平均気温という概念は意味を成す。
関連記事
コメント
この記事へのコメント
こんにちは。
温暖化なのかはわかりませんが、
今年の北海道・余市では「ぶり」が豊漁だそうです。
そして11月になっても積丹の海に、熱帯魚の姿が見られるそうです。
何かが変わってきていると、こちらでは話題になって
ある意味こわい事かなって思っています。
2005/11/10(木) 13:30:38 | URL | pana #i9hbdSQE[ 編集]
ベビーカーが減った
温暖化というと温室効果ガスの宣伝とあいまって、私自身ついつい大気のことしか頭にありませんでした。確かに、海水の温度も考えないといけないんですね。これは新たな刺激になりました。panaさん、ありがとうございます。

地球の温度の主な運び手は空気と水。熱伝導率は水のほうが大きいから(※)、地球全体が温まっているなら、大気以上に海水のほうが劇的に変化しているはず。確かに氷河が溶けたり、流氷が変化するという話も聞くけど。

ただ「~を見た」というのも、きちんと統計をとって調査しないと怪しいもんです。

妊婦は妊婦を見ます。うちの子供がベビーカーに乗っているときは、街中で実によくベビーカーを見ましたが、最近では、めっきりベビーカーの数が「減り」ました。

温暖化についてこれだけ騒がれると、無意識でも温暖化の証拠さがしを多くの人が始めます。そして、それがやたら目につくようになります。実は今、地球は氷河期に向かっているというもっともらしいうわさが広まったら(実際に今は間氷期なので間違いでもないのですが)、きっと人々は、寒冷化の証拠を次々にブログ上で発表しますよ。

簡単にこんな実験ができます。目を閉じて、たとえば「紫、紫」と念じてから、目を開けます。紫のものが次々に目に飛び込んできます。電車の中など、固定化されていない風景の中でやるとより面白いでしょう。

(※)熱い鉄板をつかむとき、素手、ぬれたふきん、乾いたふきんの順で熱さを強く感じる。素手は別格として、ぬれているほうが熱く感じるのは、水のほうが空気よりも早く熱を伝えるため。
2005/11/10(木) 23:31:30 | URL | 混沌 #EBUSheBA[ 編集]
先入観
そのベビーカーの例でも、本当にそれが目に入ってるはずなのに、意識がそれに適ってないと「見えていない」と思うんですよねえ。
若年層はまだ自分とは無縁とたいがい思いますし。自分がそういう状況になったときに、初めて成長したと思うんじゃないでしょうか、いろんな意味で。
2005/11/11(金) 21:52:02 | URL | DOBE☆ #U6M1AWu2[ 編集]
フィルター
毎瞬、毎瞬感覚器官からは膨大な量の情報が入ってきます。これにフィルターをかけなければとても適切な行動を取れません。

私は普段から「虫」に意識がいっているので、普通の人でも気づかないようなところにカマキリを見たりします。小さいころ、母親に「よく見つけられるわね」としょっちゅう言われていました。

同じことが自分が親になってからもおきています。電車男はずっと小さいころから、街中に出かけると、ポスターの中のほんの小さい電車でもすぐに見つけていました。「よく見つけるな、お前!」

でも、虫をすばやく見つけるそのフィルターも、実は誤認も多く、視界の端にチラッと入った虫だと思ったものは枯葉だったり、家の中のゴキブリだと思ったものは黒いなにかのプラスチック製品だったりすることもざらです。

誤認が多いということは、あまり触れられないような気がしますが、これこそまさに「先入観」が悪い意味に使われる理由ですね。
2005/11/12(土) 01:50:50 | URL | 混沌 #EBUSheBA[ 編集]
なるほど
先入観はフィルター。
それがないと、一気にこっちに情報が無条件に入ってきて、ノイローゼになりそうですね(笑)。
2005/11/12(土) 10:13:05 | URL | DOBE☆ #U6M1AWu2[ 編集]
サザンカとツバキの違い
以下で、「サザンカとツバキの区別がつかないかも」と発言した私ですが、今日、たまたま仕事中にそのものズバリその違いが書いてあるところが目に飛び込んできました。
http://blog.hanakoyomi.sunnyday.jp/?eid=370069#comments
そこは以前にも目にはしたことがあったはずですし、今日も、その前のページまでが必要なところだったので、仕事にはまったく関係ないはずだったのですが、まさに向こうからこちらへ飛び込んできたという感じです。
上に書いた「紫、紫」と同じです。
2005/11/13(日) 01:40:33 | URL | 混沌 #EBUSheBA[ 編集]
コメントを投稿する
管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2004 Powered By FC2 allrights reserved
blogramランキング参加中!
  1. 無料アクセス解析
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。