庭の観察記録
身近な自然の観察記。すぐそこにある自然を通じて、生物の多様性と神秘を味わい、クォークから宇宙まで想いを馳せる。
201710<<123456789101112131415161718192021222324252627282930>>201712
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-)
昨日もまた終電で帰ってきた。晩御飯のうどんを食べた後、リビングの一畳カーペットの上で少し横になって休んだ。まずいこのままでは寝てしまうと思いながらいったん寝て、なんとか2階に這い上がったのが、28時過ぎ。寝巻きに着替えて自分の布団で寝た。

「今日は机の片づけをしなさい」とクミゴンが電車男に大声で言っているのを同意しながら聞き、目覚まし時計を見たのが7時34分。再び目覚め、雨が降っていることにがっかりしたのがちょうどその1時間後。

1階に降りていきなり目に飛び込んできたのが「ノーベル賞 日本人3氏」の新聞のタイトル。
やはり!
今年のノーベル物理学賞は、日本人が受賞するというのは確信していた。職場でも今年のノーベル物理学賞は日本人が受賞するよ!と予言していた(理由は後述)。
受賞したのが日立の外村彰ではなかったのが、ちょっと予想が外れたと思ったのだが、次の瞬間、受賞者の名前を見て驚いた。
益川、小林に、え?南部陽一郎!!
ついに、しかし、今頃!?いまさら!?みながみな?
私は狂喜乱舞した。全員よく知っている名前である。
一時間は新聞の記事を読み漁った。興奮のままに。合間に王監督の最後の試合のことや緒形拳の訃報に関する記事も経済面も男性週刊誌の広告も羽生の出ている竜王戦の挑戦者決定戦の観戦記も、読んだ。気を紛らわせずにはいられなかった。

その後この記事を書こうとして、マタチッチ指揮チェコフィルのブルックナー交響曲第7番のCDをかけた。精神が高揚しすぎているとき、それを鎮めるにはこれの第一楽章、さらに第2楽章がいい。

文章を書くのにどうせ時間がかかるから、その間に時間のかかる動画のアップロードをすることにする。FC2動画だけでなく、そうだ、YouTubeも試してみるか・・・。

気がついたら、ブルックナーも終わっていた。

新聞記事を読んでしばらくしてからやったことは、2階から本を持ってくることだった。

講談社ブルーバックスの『アインシュタインを超える』。日系アメリカ人の理論物理学者ミチオ・カクと女流作家の共著。翻訳されたのはちょうど20年前の1988年。この頃はしょっちゅう家の近くの本屋に立ち読みに行っていた。そして、新しく出たブルーバックスは必ずチェックを入れていた。小さい頃からの母親の教えで、本は何度も吟味してから買う私だったが、この本は中をちょっと読んだだけで、絶対にほしくなり、比較的早く買うことにしたと記憶している。ブルーバックスとしては厚めで当時としては高めの700円(税なし。消費税が導入されたのは翌年だから)。1997年には新版が出ていて、サブタイトルも「超弦理論が語る宇宙の姿」から「宇宙の統一理論を求めて」に変わっている。それを本屋で見つけたのは数年前だったか。

南部陽一郎がどれほどすごい人か知ったのは、この本でだった。つまりちょうど20年前。その南部陽一郎を紹介している文章は、今でも私のお気に入りの文を集めたテキストファイルに入れてあるくらいだ。

改めて読んでみようと、索引から南部陽一郎を調べる。調べたページを開きかけて、にやついてしまった。ちょうどそのページにしおりを挟んであった。

もったいぶった社会の儀礼を嘲笑して喜んでいたアインシュタインや、悪ふざけが好きだったファインマン、物理学界の恐るべき子供(アンファン・テリブル)ゲルマンの誰とも違い、南部は、物静かで礼儀正しいが常に一見識ある態度で知られている。ときに軽率なところのある西洋人の同僚に比べると、控え目でそれだけ思慮深く見える伝統的な日本人的性格を色濃く備えた人物である。

アインシュタインやファインマン、(日本ではちょっと知名度が低いと思うが)ゲルマンと並べられてしまうところからしてすごい。そして、今回のあまりに遅いノーベル賞の受賞を予見した文章が出てくる。

非凡な成果がすぐに認められなかった理由の一つは、彼がいつも時代にはるか先んじていたためである。彼の同僚であるノース・ウェスタン大学のローリー・ブラウン博士が書いているように、南部は「飛躍の足場となる革新をもたらす先駆者」であって、「世に認められるまで何年も、時には何十年もかかる人物」なのだ。物理学者の間では、次の10年間に物理学がどうなるかを知りたいならば、南部の論文を読め、と言われている。

はたして、これほどの賛辞があるだろうか。私はこれをはじめて読んだとき、著者の一人が日系人ということを差し引いても、必ず南部陽一郎という人はノーベル賞をもらう、長生きさえすれば、と思った。毎年ノーベル物理学賞の発表があると、今年も南部陽一郎はもらえなかったのか、とがっかりしていた。もう10年以上前だと思うが、科学雑誌『ニュートン』の中で、日本人のノーベル賞候補が何人か特集されていて、その中に南部陽一郎の名前を見たとき、やはりと思った(ちなみに、そこには外村彰も出ていた)。

本の中に1985年の65歳の誕生日のときのことが出てくる。85年で65歳である。南部陽一郎ってまだ生きてるのかな。訃報記事、特に見てないよなって、失礼ながら、この時期、たまに思ったりしていた。

益川敏英、小林誠の両名については、正直、もうノーベル賞はないだろうと思っていた。それは南部陽一郎も同じだが、南部陽一郎は別格という感じがしている。

細かいことだが、読売新聞の、益川、小林、南部の順番には違和感を覚える。南部はさておき、益川、小林ではなく、小林、益川で表記されるのが普通のはず。素粒子物理を離れて長いので、ちょっと自信がなくなり、南部陽一郎著『クォーク』(講談社ブルーバックス)で確かめた。私が持っているのは第13刷。1986年の第11刷から加筆補正されて最後の1章が加わっているが、さらに98年にこの本も第2版が出ており、サブタイトルが「素粒子物理の最前線」から「素粒子物理はどこまで進んできたか」に変わっている。これに本屋で気づいたのもいつだったか。

カビボにはじまる、傾いた枠の考え方は、小林誠、益川敏英の両氏によってさらに拡張される。

やっぱり、あいうえお順だ。年令順じゃない(笑)。

これらの考察がみな実際のチャームクォークの発見に先行しているのは驚くべきことである。小林-益川理論は最近のウブシロン粒子γの発見で裏書されたといってもよいだろう。

そう、MKではなく、KMだった。アルファベット順。ちなみに、ここに引用した内容が、まさにノーベル賞受賞の対象となった研究である。

小林誠は(本当は小林先生というべきなのだが)、私が修士課程1年のときに(長野で?開催された)夏の学校で講義を聴いている。新聞で写真を見て、そう、この顔!と思った。こんなことなら、夜の小林先生を囲む会で写真でも撮っておけばよかった。今と違い、ケータイもデジカメもなかったからな・・・。富士フイルムの「写ルンです」は全盛だったか。

新聞記事を読んで知ったが、益川敏英は英語が嫌いで、海外にまだ一度も行ったことがないという。これだけ国際交流が盛んになり、野球でも一流選手の多くがメジャーを目指す時代に、なかなか痛快な出来事だ。利根川進がノーベル生理・医学賞を受賞したときは、外国人気質の日本人がもらったという感じだったが、益川は純国産という感じがする。もっとも、当時の名古屋大学の坂田研究室の様子は、やはり「日本」ではないような感じはするが。

それにしても、南部陽一郎、生きていてよかった。アメリカ国籍になっているというのは知らなかったが、奥さんも健在でなにより。素敵な老夫婦という感じで、末永く幸せになってほしい。

なぜ今年は日本人がノーベル物理学賞を受賞すると確信していたかというと、それは戸塚洋二が亡くなったときの新聞記事を読んで思うところがあったから。新聞記事によると、がんで闘病生活を送っていた戸塚洋二になんとかノーベル賞をと外村彰が奔走していたということだった。小柴昌俊が2002年にニュートリノに関連してノーベル賞を受賞したとき、小柴昌俊という名前は恥ずかしながら知らなかったので、てっきりニュートリノ振動でニュートリノに質量があることをはっきりさせたからノーベル賞を受賞したのかと思った。そうでないのならば、スーパーカミオカンデのニュートリノ振動の業績でまた日本からノーベル賞が出る。小柴昌俊の、自分の研究を継いだものからまだノーベル賞受賞者が出るという発言を聞かなくとも、それはもう簡単にわかることだった。そのニュートリノ振動で業績のあった戸塚洋二が亡くなったということは、日本は1個ノーベル賞をもらい損ねたに等しい。ノーベル賞は死者には送られないから。だから、奔走した外村彰が代わりにもらってもおかしくないと思っていた。自身がもともとノーベル賞候補であるから。

この前提があったので、益川、小林、南部の3名の名前を見たときは、今更とともに、そうきたか、とも思った。小林・益川はともかく、南部陽一郎は、80代も後半。いずれにせよ、日本の素粒子論への貢献を考えれば、今までノーベル賞が少なすぎた。

外村彰が戸塚洋二にノーベル賞を受賞させるために動き、今年は日本人からという機運が高まったことは間違いない。戸塚洋二にあげるつもりが死去によりあげられなくなり、代わりに今までもらい損ねていた、しかし、すでに時期を逸してしまっていたと思われる3名にあげることにして、バランスをとった、私はそう解釈している。もちろん、すべて想像の域を出ない。
関連記事
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2004 Powered By FC2 allrights reserved
blogramランキング参加中!
  1. 無料アクセス解析
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。