庭の観察記録
身近な自然の観察記。すぐそこにある自然を通じて、生物の多様性と神秘を味わい、クォークから宇宙まで想いを馳せる。
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この2日間、気温がずいぶん低く感じられる。一番厚手のスーツを2日連続で来た。初コートの日を調べてみてびっくりである。去年は12月7日で、一昨年は12月4日。はたして今年は11月いっぱい、コートなしでいられるのか?
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人様の家の駐車スペースの境界の植木にいたハラビロカマキリ仕事で使うので、デジカメを持って出勤。あまりに目立つところにハラビロカマキリ。だから気づくのだが。
アオサギを撮るヒトたちアオサギを撮るヒトたち。ここは私の秘密基地。他の人がいるととてもいやな気持ちになる。秘密基地と私が勝手に呼んでいるだけだが(笑)。アオサギを撮るとき、無言でこの二人の間に立ち、撮った。その後、右のほうでキノコを撮った。私は鳥だけを撮りに来たのではないよというように。
富士山20071113ちょうど1年前にも富士山を撮っていた。見比べ。
2006年11月12日の富士山おっと、よく見たら、ちょうど1年前ではなく、1年と1日前だった。
富士山の右側のほうが、今年のほうがぼんやりしているように見えるが、これは雲がかかっているため。
キノコ10日の記事の2枚のアオサギの写真の間に撮影したキノコ。キノコの分類はまったくわからない。
さあ、今日も仕事がんばるか♪
午前中はほとんど雨が降っていなかったのでかさを持たずに仕事に行った。午後、途中は降ったようだが、帰りは予定(私の勝手な予想)どおり、やんでいた。クミゴンの誕生日だったので、家に帰らずスーツのままお店で待ち合わせ。実際は駅の改札を出たら、そこにみんないた。なじみの中華料理屋に行った帰り、けっこうな雨。それにしてもよく雨が降る。久しく太陽を見ていない。雨の中帰る途中、線路の南側の住宅街の路上でヒキガエルを見た。うちの庭に来るものよりもちょっと小さめか。
亀とアオサギアオサギがいた。亀もいっしょに写っている。たぶん、ミシシッピアカミミガメ。
アオサギもう3分後には亀はおらず。
ホシハジロのオス鳥でまず目に入るのはホシハジロ。
バラの葉の裏に止まっているツマグロヒョウモンクミゴンに水遣りを頼まれたので、家の中から庭をのぞく。するとバラのところに妙なものが見えた。枯葉にしては少し不自然。ヒメアカタテハかなと思った。
バラの葉の裏に止まっているツマグロヒョウモン アップとりあえず写真を撮っておくべく近づいてわかった。ツマグロヒョウモンだった。それも、翅が鳥についばまれた後。ツマグロヒョウモンならば遠くから見てもわかるはずなので、なぜそうとすぐわからなかったかの謎も解けた。

電車男がゴミを出しに行ったとき、寒いよと言ってきた。確かに室内でもいつもの温度計で18.5度。今まで、ちょっと涼しいなと思っても19.5度だったので、錯覚ではなかった。
真っ赤な紅葉B公園につくなり目に入ったのがこれ。一部だけ真っ赤になっており、肉眼ではなんだかさっぱりわからない謎の紅葉だった。10倍ズームで撮ったものを家で確認してわかった。つる植物が紅葉しているのだった。しかし、なんの葉であるかは私にはわからない。
ウラジロチチコグサ自転車を取りに駐車スペースに行くと、ほとんど枯れた芝の中で、ウラジロチチコグサが若々しい。
アサガオに巻きつかれ久しいアブラゼミ8月の下旬には確かすでにこうなっていた。死んでから巻きつかれたのだと思うが、そうだとしてもこのアブラゼミはどうやって死んだのか謎である。アブラゼミの最後は、アスファルトの上でのた打ち回っているというイメージが私には強い。ひっそりどこかにつかまりながら死ぬものも多いのだろうか。それとも、オスとメスで死に方が違うのか。
文化の日は、毎年充実した休みになる。気候も良く、晴れていることが多いと記憶している。ここからしばらくの記事は、文化の日特集。
オンブバッタのメス家の壁面にいたオンブバッタのメス。オスとは出会えたのか?それとも、すでに産卵を終えたのか?13:29の撮影だが、日差しがどこかセピア色がかっていて、物悲しい。
ツマグロヒョウモンの若齢(中齢?)幼虫ツマグロヒョウモンの若齢(中齢?)幼虫2どこから君たちは湧いてくるんだと言いたい。そりゃあ、メスが卵を産みに来ているという客観的事実はわかっているが。葉っぱなんて、ほとんどとっくになくなっているのに。それにしても、恐るべきツマグロヒョウモン
ヒキガエルの糞最近、毎日のように職場でデジカメを使うので、仕事に行くときはカバンにデジカメが入っている。ゆとりがないとき以外は、たいてい、玄関を出てからチラッと庭のほうを見る。糞が見えた。隣の家の駐車スペース上に。ネコではなくてヒキガエルだろうと思って近づく。すると、うちの駐車スペースにいたドラ猫がビックリして飛び出した。こちらもビックリした。クミゴンを初め、最近また始まったネコの糞害にみんなで憤慨しているが、これは無臭のヒキガエルのものだった。
毛虫の死体デジカメ出したついでに、昨日か一昨日であったか忘れたが、死んでいた毛虫も撮っておくことに。その前に見たときは、一部をのぞいてもう少しふっくらしていたが、やはり死んで水分が抜けたのか、ずいぶんしぼんだ感じだ。それでもねっとり湿った感じがある。前に見たときはそれも一部で、ナメクジに食われたのではないかと思ったのだが、真相はわからない。
ツマグロヒョウモンの蛹南隣の家の玄関前の門にはツマグロヒョウモンの蛹。この真下に、だいぶ食われているが、外来の園芸種のスミレが生えている。そのスミレ自体もこの庭の観察のブログに何度か登場しているし、うちの駐車スペースの芝に生えているスミレもかなり高い確率でここのスミレの種が運ばれてきたものだと思う。
毎年のことだが、過ごしやすく、仕事も比較的楽な10月はあっという間に終わる。なんだか日本シリーズも終わっていた。

子供時代は長く、年をとればとるほど、時間があっという間に過ぎるように感じる。子供時代の1年と大人になってからの1年は明らかに長さが違う。大人になってからも、忙しい月の1ヶ月と楽な時期の1ヶ月は長さが違う。

何が違うのか。半年くらい前だっただろうか。わかった。長さを感じているのは、結局は我々の脳。長く感じるのは、振り返ってみて、充実していた期間。充実といっても、つらいことも含まれる。要は、脳をフル回転させていた時間が長いほど、新しいことを経験していることが多いほど、振り返って長く感じる。大人になって1年を短く感じるのは、子供時代に比べて新しい経験が減っているから。

だから、長生きとは、少しでも死ぬのを遅らせるとともに、あわせていかに脳をフル回転させるかという要素も加味させる必要があると思う。楽に長生きするもよし、多少寿命を削ってもやりたいことをやるのもよいのではないか。最近はそう考えている。いうまでもなく、やりたいことをやって物理的にも長生きするのが理想だ。
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