庭の観察記録
身近な自然の観察記。すぐそこにある自然を通じて、生物の多様性と神秘を味わい、クォークから宇宙まで想いを馳せる。
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大晦日のトキワハゼ花が爆ぜ米に似ていて、常盤(=いつまでも変わらず)、つまり、1年中いつまでも咲いているからというトキワハゼ。1年の締めくくりはこれに決まり。ただ、さすがにちょっとつらそう。ゼニゴケもがんばっています。

もっと元気なのが見たい場合は、乾燥ナメクジのタイトルの記事をどうぞ。

大晦日のトキワハゼ もう少しアップ同じ個体をもう少しアップ。画面下の茶色い塊は、多分ヘチマの雄花のつぼみ。
宵の明星 撮影失敗17時半ごろ、毎年恒例の年末年始特別業務から帰ってくると、西の空にとっても明るい一番星発見。夜中に見える火星はだんだん暗くなってきたのに比べ、やけに明るいものの色が少し赤みがかっていたので、一瞬、不覚にも金星ではなく火星ではないかと疑ってしまった。

電車男を誘い、屋上で天体望遠鏡で宵の明星を見てみた。そこそこ苦労したが、やっと見えた。ピントを合わせると、三日月形に欠けている。やっぱり。明るさからして、地球に近く、そのため、欠け方は大きいだろうと予想していた。実際に金星の満ち欠けを見たのは生まれてはじめて。

電車男が写真に撮るというので、無茶だと思いながら、スーパーマクロモードで覗き込んで撮った。シャッタースピードは確か1/2だったが、特に根拠はなく、たまたま設定がそうなっていたからそのまま撮っただけ。やっぱりぶれて、ちょっと欠けただけのように写ってしまった。失敗。

黒富士電車男の撮影に付き合った帰りの電車の中から。12月18日17時4分。カメラを構えると、こんなにもシャッターチャンスが短い時間であることを突きつけられる。肉眼で、はっと見えたときはかなり長い時間に感じるが、実際にはけっこう短い時間であることを知った。すぐに建物に隠れてしまったり、やっとシャッターを切ったと思ったら、このとおり。木が入ってしまった。

黒富士というと、高校時代の男声合唱を思い出す。つい最近のずっと前の高校時代。

黒富士

天体望遠鏡が来た。買ったわけではないのだが、ちょっと訳ありで手に入ったというところか。もちろん新品である。

ものを見ると、予想をはるかに超えてコンパクトである。
以下の機種。写真を見るとちょっと太めに見えるが、実際はもっとスリムな感じである。
http://www.kenko-tokina.co.jp/optical/telescope/4961607112113_1.html

天体望遠鏡に対する思いとか、この天体望遠鏡の使い勝手や実際の画像などはまたおいおいと。パソコンで直接画像も取り込めてしまうようだし(ただし30万画素)。
冬のセイタカアワダチソウこの駐車場にあったセイタカアワダチソウも、ほとんどがなくなっていた。ヒメムカシヨモギも以前はあったがすべてなくなっていた。抜かれたのか自然になくなったのかはよく分からない。オオアレチノギクもそうだが、条件がよいと、枯れたまま残っていたりする。しかし、今までの経験では、そういった条件のよいものもついには雪が降って倒れたりする。
セイタカアワダチソウ花の咲いた後も悪くない。
地球の半径は約6500kmである。そう言われてもピンと来ない人が多いだろう。少なくとも、私にはまったくピンと来ない。

たとえば、「赤字国債3.7兆円減で24兆円に」と言われても、「国債残高541兆円」と言われても、すごい額だなあと言うだけで、まったくもってピンとこない。3兆円も500兆円もすごい金額だ、でおしまいである。ただし、月給3万円減で24万円に、年収は541万円にと言われるととてもよく分かる(小学生にはまだ分からんな)。

さて、地球の半径は約6500kmであり、大気のうち、上下に空気の入れ替えが頻繁に起こる対流圏は地表から約10kmで、6.5kmくらいまでで大気の半分以上が集まっている。水平距離で6.5kmは大人になると分かりづらくもないが、高さになるとやはりピンとはきにくい(チョモランマは8kmを超える)。

そこで、kmをmmに置き換える。すると、地球の半径は約6500mm=6.5m、大気の半分以上は地表6.5mmのところにあることになる。しかし、半径6.5mの球というのは、これまたイメージしにくい。またまた高さがネックだ。ヒトの祖先は木から平原に生活場所を変えたせいか、どうも高さの距離感覚がヒトは苦手だ。話を戻すと、球はあきらめて、立体を平面でとらえる。すなわち、半径6.5mの円を考える。直径で13m。これならば学校の25mプールで2つがちょっとはみ出るくらいだ。プールサイドの両幅がいくつかになるか正確には知らないが、だいたい13m前後だろう。日本の裏側のブラジルはちょうどプールサイドの反対側だ。そのとき、大気の半分以上は6.5mmの幅に入る。たったこれだけの幅である。

さらにスケール変換して、地球の半径を1mとすると、大気の半分は1mmになる。さらに直径を1mにすると、対流圏が1mm以下になる。さらに直径10cmで対流圏は0.1mm以下。もっと大雑把に言えば、地球はゆで卵で、殻を取ってから一番外側のうすい膜が大気といった感じか。

なんとちっぽけな世界に住んでいることであろう。宇宙飛行士が地球のはかなさを実感して帰ってくるというのが少しは頭で理解できる。

ちなみに、スペースシャトルの高度はせいぜい約600kmであり、地球の半径の1/10くらいもない高さを飛んでいることになる。プールサイドから60cmも離れていないわけで、宇宙に行ったといってもすぐそこである。
なにかの芽生え緑のじゅうたん(うちの近くの住宅街を流れる川)もこの寒さですっかり緑の部分が減ってきた。そうかと思うとこのように新しく芽を出すものもある。これはなんであろう。分かる方、ぜひ教えてください。
なにかの芽生え アップ10倍ズームでアップ。この画像サイズではこれが限界。
なにかの芽生え アップ2左のほうを見ると、ロゼットになっているのが分かる。
ついに気象庁、タイトルのとおり。天気はカオスだから、予想は難しいんだ。本質的に、ほんのちょっとの初期条件の違いで、結果がまったく変わってしまうから。もしも非難が集中するのならば、気象庁には同情する。

たった3ヶ月先の話で、暖冬の予想だったのに、それが10年や20年ぶりの寒さになってしまう。北極振動が原因ということになっているが、日本が寒くなった分、他の地域は寒くはならないのか?地球全体ではどうなのか。寒いのは今年だけなのか?

実にもろい。痛快なほどもろい。これでにわかにやっぱり地球は寒冷化なんて議論が増えたらもう笑っちゃうよ。以前から地球温暖化に疑問を呈していた人は別として。

庭に置いたバケツに張った氷家に帰って、パソコンの前を見たら、私ならばこうは置かないという向きにデジカメが向いていた。何か撮ったなと思って、中身を見たらこれ(ともう1枚同じ内容のピンボケ写真)だった。電車男の仕業だな。

今朝は急遽作ってもらった2つのおにぎりをコートの両方のポケットに突っ込んで出勤したくらいだから、氷が張っているかなんて見る余裕はもちろんなかった(朝刊を自分で取って、そのときに玄関前を見て氷が張っていないのを確認したような気がしていたのだが)。富士山はきれいだろうなと思いつつ、電車に乗ってから空いている席は背中側が富士山。座ってから何度も窓を振り返ったが結局見えなかった。目覚ましが最初に鳴った時間から20分起きられず、なんだかとっても損をした気分。まあ、4時間半しか寝ていなかったからね。むしろ、今妙に元気なのが怖い。もう寝るぞぉ。

そうそう、思い出した。出勤時、富士山の方角を見ていたら、遠くにオナガが見え、また別のところからだと思うが、オナガの鳴き声を聞いた。その姿はまずまず美しく、鳴き方もかわいらしい何かを呼ぶような鳴き方だった。
これからだんだん日が伸びていく。気温は下がっていくのだが、少し明るい気分になる。古代中国では最も日の短い冬至が新年であった(確か前漢の時代あたりで立春が新年になり、日本でもそれをまねし、明治の途中まで続いた)。

今朝はとても冷え込むという噂を「見た」ので、わざわざバケツに水を汲んでおいたのだが、朝は拍子抜けするほど暖かかった。もちろん氷は張っていない。多くの地域で雪が降っているというのはちょっと信じられなかった。

冬至の前に1月下旬から2月上旬のもっとも寒い時期を先取りしてしまったので、あれに比べれば、という感じで慣れてしまった。それにしても、ヒトの適応力というのはたいしたものだ。
ガラスに反射された日光を受けるヘチマちょっと心霊写真風。自転車は宙に浮いているようにも見える。そして、幽霊のように人影も写っている。12月18日午前11時11分の撮影。

これは、部屋の中からガラス戸を閉めたまま、しゃがんで撮ったもの。なぜ戸を閉めたままにしたかというと、寒いからではなく、ガラスに反射した日光の強さに驚き、それを画像に収めておきたかったから。戸を開けると反射がなくなり、庭には日光が当たらなくなってしまうのだ。

光は基本的に直進するが、なにか障害物があると、反射したり吸収されたりする。また、透過することもあり、その場合は光の速度が変化して、その結果として屈折する。レンズがレンズとして機能するのは、まさにこの屈折のおかげであり、物に色がついて見えるのは、まさにこの反射と吸収のおかげである。たとえば、葉っぱが緑に見えるのは、葉緑素が赤い色を吸収するからである(そしてその赤い光を光合成に使う)。

さて、透明な物体や物質は、たとえばガラスや水は、透明であるがゆえに光が透過する。いや、光が透過するがゆえに透明である。すべてを透過したら、その物体(たとえばガラス)はまったく見えない。その物体そのものが見えるということは、一部光を反射していることになる。そのため、この写真のように、ガラスは向こうにある太陽光を向こう側に一部反射し、こちらにいる私をこちら側に一部反射して、うっすらとした像を作る。色がうっすらしているのは、光を一部しか反射していない証拠である(周りが明るくて相対的に色がうすいということもある)。
ガラスに反射された日光を受けるヘチマ アップそれにしても、これ、本当にガラスだけでこんなに反射しているのだろうか。何か金属製のものではないか。ガラス戸を開け閉めしながら確認したつもりだったが、何か先入観で見落としがあるかもしれない。これだけ日光が反射しているということは、それだけ部屋に日光が入ってこないということで、なんだかすごく損をしている気分だ。

追試をしたいが、年内で午前中に実験可能なのは24日くらいかもしれない。あまり日が経つと、どんどん太陽高度が変わってしまい、同じ条件が得られなくなる。下手をすると1年待たなくてはならないかもしれない。難儀じゃ。
[光の反射]の続きを読む
霜にやられたクワズイモの葉12月14日の撮影。まだ今回の寒波が来る前だが、気温が低下してきて、いろいろな裏技を使うヒトもつらくなってきたところ。氷が張っているのに気づいたのがその翌日である。

庭の掃き溜めに捨てたが、逆襲して元気に葉を茂らしていたクワズイモもついに霜の魔の手につかまる。
寒波にもまだ耐えているクワズイモの葉寒波がやってきた18日。まだ耐えている葉もある。クミゴンいわく、「霜は降りるものだから、屋根の下の葉はまだ大丈夫」
違うわい。
「霜は降りるとは言うけど、雨や雪のように空から降ってくるのではなくて、空気中の水分が凝結して凍ったものなの!」
よく見ろっての。屋根の下の葉もやられておるわ。
しかし、この葉がなぜ無事だったのかはよく分からない。

今日はきつい寒さが通過したあとなので、だいぶ暖かく感じた。しかし、今日見たら、すべてのクワズイモの葉がだめになっていた。昨日は見る余裕がなかったので、昨日のうちにやられていたかもしれない。なにしろ昨日の月曜日の寒さはすさまじかった。寝室のドアが開けっ放しになっていたこともあるかもしれないが、朝は今までで最低の7.5度だった。
氷朝のお楽しみ。私はもっと少なめに入れておいたのだが、いつの間にか、満タンになっていた。さて、厚さはどれほどのものか?
氷、裏返し厚さは1cm以上ある。それにしても、複雑な凍り方をしている。容器の形のせいなのか。
氷、裏返し2ふさふさ、パリパリ。
氷、裏返し3角度を変えると、同じものも違って見える。
氷と花ちょっとひいて。周りはこんな。
ムラサキツバメの幼虫撮影したのは10月18日。ちょうど2ヶ月前か。女優をお寺へ送るときに気づいた。道路挟んではす向かいの家のブロック塀の溝に緑色のものが見えたから、近づいたらこれだった。蛹?いや、前蛹?
ムラサキツバメの幼虫2ちょっと別角度。

ムラサキツバメの幼虫2 頭部が見えた別角度から撮ったのは、実はこれと比較するため。頭部が見えたよ。見えたり隠れたり。これにて、幼虫と判明。二重の驚き。幼虫の形からして、シジミチョウの仲間に違いない。こんなところを歩いているのだから、そのうち、前蛹から蛹になるのだろうと、楽しみが一つ増える。
:ムラサキツバメの幼虫3 深夜なんの幼虫かすぐには分からなかったので、一寸野虫さんのサイトの掲示板で聞いたら、チョウキチさんがすかさず教えてくれた。ムラサキツバメの幼虫であった。これは同じ日の深夜、18日26時50分に撮ったもの。夜中の3時ごろに人の家の壁に向かって懐中電灯を照らし、しゃがんでフラッシュ撮影する、はたから見たらかなり怪しい人であった。目撃者もいないだろうけど。昼間よりも細長くなったような感じがする。夜は昼間と違ってフラッシュのたけないスーパーマクロモードで撮れないので、単純に比較はできない。
ムラサキツバメの幼虫4 持ち帰り翌朝見たらまだいたので、家にお持ち帰り。これを撮影したのは19日25時38分。水槽に入れておいたら、ふたのところまで上ってきていた。このうわぶたをがくんと落としてしまったら、ずるっと少し幼虫が下がった。緑の部分がさらに減っている。
ムラサキツバメの幼虫5 アリと共生マテバシイの木が近くにあるはずだと指摘され、「マテバシイ?なんじゃそりゃ?」というわけで、マテバシイをまずネットで探し、大体感触をつかんでからブロック塀の近くを探す。もしかしてこれがマテバシイかなあとあたりをつけていた木の新芽。食われてる。さらによく探すと、いた。アリが背中側に何匹もいた。共生?20日9時34分。
ムラサキツバメの幼虫6 アップ約2時間後。意外と風が強く、撮るのに苦労した。朝に比べて、葉が少し減っている。

翌日、木にいるほうは、写真には撮らなかったが、葉っぱを丸めてその中にいた。そして、背中にはアリが数匹。ムラサキツバメの幼虫がアリとやはり共生関係にあるのはすぐに聞いて知ったが、さらにその後、次のようなことを知った。シジミチョウはチョウの40%の種類を占めていて、かつてはそのすべてがアリと共生関係にあった。現在では30%の種が共生関係を持っており、シジミチョウの幼虫はアリを誘惑する器官かその痕跡を持っている、と。それにしても幼虫はちょっと不思議な形をしている。

持ち帰った水槽のほうは、結局死んだ。蛹になるにはまだ早く餓死なのか、蛹になるための条件が整わなかったのかは不明である。もともと葉から落ちて、そしてあのブロック塀を歩いていたのなら、助かる見込みもゼロだったので、仕方ないかもと思っている。
「列島大寒波」は新聞記事のタイトルそのまま。
正直、痛快である。
秋は高温が続き、温暖化が云々という記事を公的なものも含めあちこちで目にしたが、我々が住む世界はこれほど移ろいやすく、もろい。

極端に寒いのはこの17日から19日にかけてのことだけで、それでも今年は暖冬になるのかもしれない。少なくとも、秋のころには、暖冬だということを耳にした。日本海側は12月としてはすでに記録的な大雪で

ただいまちょうど10時。反射式の石油ストーブを消した。室温20.5度。(0.5度刻みの温度計つきの目覚まし時計にて測定。正確な温度は怪しいが、相対的には利用できる。「朝目覚めたら9.5度だった」というのもこれを使っている。寝るときには寝室に持っていくが、その他の時間帯はパソコンデスクの上に置いたままにしてある)10:03。すでに20.0度に下がった。今、家には他に誰もおらず、パソコンと私自身以外はほとんど熱源がない。日光はかろうじて入っている。ちょうど首のところに当たっており、これは暖かい。空気の出入りは、私がトイレに行かないかぎり、少ない。


12月の最大積雪値を上回っているところもあり、この寒波でそういう地点が増えそうだという。このあと、何度も寒波がやってくるのか、それとも1月2月ころには拍子抜けするくらい暖冬になるのか、本当のところは、振り返ってみないと分からない。

今回は地上5000メートル上空はマイナス42度以下の猛烈な寒気で、蛇行する偏西風の影響で、なんと、北極からの寒気が直接やってくるという。聞いただけで寒くなるような話だ。それにしても、天気というのはきわめて身近な現象で、気になるのは自分の身の回りのことだけなのだが、背景を理解するには地球規模の視点が必要になる。実にスケールが壮大で、面白いと思う。

かつて、モービル石油のオイルのTVCMで「マイナス40度の世界では、バナナで釘が打てます。新鮮なバラもこのとおり」というのがあったが、富士山よりももうちょっと高いところで、こんなになっているのだな(しかも突風でもっとすさまじいことになっていることは間違いない)。もっとも氷点下42度以下といっても通常より6度低いだけ(といってしまってはいけないか)なので、通常はマイナス36度。素人の感覚では大差がない。もちろん、地上が一気に6度も下がったら、そりゃ寒いのだが、別世界の氷点下は何も実感がわかない。そういう意味で、バナナで釘が打てるというのはイメージし易い。

曇った。10:38。18.5度。まだまだだね。あ、また晴れた。空はどうなってんだ?ん?太陽の周りだけ雲が出ている。邪魔じゃあ。


大寒波の際バケツに張った氷どれくらい氷が張るか楽しみだったが、なんと、この前と同じ如雨露(じょうろ)型バケツには水が入っていなかった!がっかりしていると、しかも寒い中わざわざ玄関の外に出たのだ、クミゴンより「駐車場のところのバケツに水が入っているわよ」という暖かい一声。朝ごはんを食べ終わった子供二人を引き連れ、みんなで寒い寒い言いながら撮影。まるでバケツの水すべてが凍っているかのように錯覚したので、割ってみたら、氷の厚さは5mm(有効数字1桁)だった。

11:00。18.0度。お腹すいた。昨日のカレーを温めて食べよう。これで少し室温が上がるかも。石油ストーブの上においてお湯を沸かしていたやかんは触るとまだ温かい。水の温度がいかに下がりにくいかよく分かる。


今日は風も強い。低気圧が発達しながら通過するためだという。うちの周りは西から風が吹き続けている。ここ数日で一気に枯れたヘチマの葉もかさかさ音を立てながら、こいのぼりのようになびいている。屋上に舞い降りた枯葉屋上ではどこからともなく飛んできた枯葉が舞っていた。少なくとも2日前にはなかった(きのうは寝過ごしてあわてて仕事に行ったので、張っていたという氷も見る余裕がなかった)。

11:40。18.0度変わらず。外の気温が上がっているのが大きいかもしれない。うちの南側の家の日陰になる部分が減り、家の中に日光がたくさん入るようになって来た。


11:54。時計を見たら、18.5度に上昇。昼寝することにする。ガラス越しに来た赤外線でぽかぽか、眠い。
レンゲソウの双葉撮影は12月14日。あれから、おそらく半分以上の種子は発芽したと思う。この画像にも見られるように、種皮を帽子のようにかぶったままのものも多い。画面中央のように、双葉が完全に出たものはまだまだ少数派。出たら出たで霜にやられるのではないかと心配。
初の氷今朝起きたとき、部屋の温度は10.5度だった。昨日は9.5度だったので、今日はやっぱり暖かいなと思っていた。1階に降り、そして外に出ると昨日より寒いような気がした。女優を寺に送り終え、家に入ろうとするときに気づいてしまった。凍っている。多分今シーズン初である。寒いわけだ。

きちんと氷らしさが出るか分からないので、上に一円玉を置いてみた。

撮影したあと一円玉を取ろうとするとすでに少し氷にめり込んでいた。そのときさらに気づいたのだが、氷は薄べったく張っているだけでなく、部分的に結晶化して下のほうにも複雑に伸びている。ぜひこれも撮らねば、ということで、しかし、はたと困る。どう撮ればいいのだ。このまま撮ってもおそらくどのようになっているのか現物を見ていない人には分からない。斜めにした氷氷はそれほど厚くはなさそうだ。そうっと触らないとぱりんと割れてしまいそう。この如雨露型バケツ(?)を少し傾けて、ちょいと押して、つまみ出し、成功。

それにしても水が冷たい。雪だるまを作るときに、手がジンジンびんびん突き刺すように冷えて痛みを感じるが、それを一瞬に凝縮したような強烈な味わい。氷ではなく、液体の水でこんな感覚を味わうとは。

しかし、これは考えてみれば当然のことだった。氷のすぐ下の水ということは、温度は氷とほぼ平衡状態にあるわけで、0度程度である。そして、氷を手でつかむ場合に比べて、手を水の中に入れるということは、より多くの表面積を冷たいところに触れさせることになるわけで、そのために一気に痛みがくることになる。

斜めにした氷 結晶をアップあんまり意図したとおりには撮れんかった。とにかく、こんなギザギザしたのが、いくつか薄い氷の下にできていた。
冬至前後の満月で書いたように、冬の満月は高い位置に見える。仕事の帰りに首が痛くなるほど空を見上げながらも、時間と位置からしてもうちょっとで満月かなということで、新聞の明日の暦で確認。15日(木)の正午で13.5日とあるので、この写真の時にはほぼ13日くらいということになる。撮影は15日の午前1時10分なので。

月齢13日の月正確な月齢を調べる前に画像を見て思ったのは、左側がごっついこと。クレーターによる凹凸が少し分かる。クレーターを観察し易いのは半月のときの日なたと日陰の境だが、これと似たようなことが起きている。月齢13日ならば左側がやや欠けるわけで、つじつまが合う。

絞り値F3.7、シャッター速度1/1000、ホワイトバランスオート、ISO感度64、スーパーズーム(14倍ズーム)で撮影。月の周りがぼんやり霞んでおり、それを撮りたかったのだが、少なくとも設定を変えないと無理。
フウセンカズラの熟れた実フウセンカズラで紹介したアスファルトから生えているフウセンカズラ、12月10日に見たらなくなっていた。誰かが取ってしまったのか?と思って90度回って橋の上から見たら、似たようなところから生えているのが見つかった。正面から見ると看板があって死角になるから処分を免れたか。かつては緑色だった袋もすっかり枯れてオオカマキリの卵のうのようになった。
図書館から借りている学研の『大自然の不思議*地球・宇宙の図詳図鑑』を昨日見ていてはじめて知った。
南極の氷は、一言でいうと、とんでもなく、すごい!
地球の地表に乗っている氷のなんと90%が南極のもの。
他にはグリーンランドで9%、その他全部あわせてたったの1%。
北極は?というと北極には大陸がないので、勘定はしない。
水に浮かんだ氷は、解けても水位が変わらないから計算から除外しているのであろう(※)。

南極の氷がすべて海水に解ければ、世界中の海面が70?80メートルも上昇する。
南極の氷の厚さは、最大で4800メートル。富士山の3776メートルをはるかに越える。平均でも2500メートル。ちなみに、浅間山の標高が2568メートルである。
そして一番驚いたのが、この氷の重さで大陸の本当の地表は押し下げられ、なんと、海面よりも数百メートルも下まで沈んでいる。ゼロメートル地帯どころではない。東京タワーの高さが333メートルだよ。
そして、この分厚い氷の層、氷床は重みで移動もする。その速さは内陸部で1年間に10メートル(年速10メートルとでもいうのだろうか)、海の近くでは1キロメートル。このように氷床が動いているため、南極点を示すポールは毎年新しい位置に移されている。ここはちょっと笑ってしまった。こんな仕事をしている人もいるんだなあ。寒い中大変だ。

南極について、こんなことも知らなかった、というのがうれしい。

(※)ためしにコップに氷をひとつ入れて、さらに水をぎりぎりまで入れて、氷が解けたらコップの水がこぼれるかどうか実験してみるといい。水は凍ると体積が約1.1倍になる(=10%体積が増加する)。10%増加した分が水面の上に出る。海水に浮いている氷山も同様で、氷山の一角という表現は、まさに、その水面に出ているほんの一部(約1/7=14%、海水なので純水より浮力が大きくその分浮く)のことをさしている。
気温の半旬別平年値のグラフを見て気づくことの一つは、那覇の気温の変化の少なさである。これは周りが海に囲まれているためだろう。水は比熱が大きいのでこのようなことが起こる。つまり水は温まりにくく冷めにくい。一方、大地は海と比べると温まりやすく冷めやすい。そのため、海洋部のほうが内陸部に比べて気温の変化が少ない。これは沖縄に限らず一般に言えることだ。

そして、グラフを見て意外だったのは、暑いときの気温は那覇と東京であまり変わらないということだ。しかし、これはひとつには平均のマジックがあるだろう。1日の気温の変化まで考えなければ、単純な比較は危険である。また、それとは別に半旬ごとの気温を見てみれば、気温が高い時期が長く続くということに気づく。やはり那覇は暑いのだ。面白いのは、気温のピークが2回あるように見えることだ(実際はひとつ)。立秋でやや気温が下がり気味になるのは台風の影響だろうか。いずれにしても沖縄の夏はやっぱり暑い。

梅雨明けの時期が本土とかなりずれているのも気温の変化には大きく影響しているだろう。東京などは梅雨の時期、気温の上昇がやはりやや鈍化している。那覇も5月に気温の上昇がやや鈍化している。理科年表によると、梅雨入り・梅雨明けの平年値(1971年から2000年の30年平均値)は、沖縄が5月8日・6月23日、関東甲信越が6月8日・7月20日である。北海道に梅雨がないのは有名だろう。那覇も東京も梅雨明けの近くではかまわず気温が上昇しているように見える。「梅雨明け宣言まだかよぉ?」とあちこちでぶーぶー言っている声と矛盾しないと思う。

私の職場に、那覇出身のヒトがいるが、「石油ストーブのつけ方が分からない」と言っていた。私は驚いたが、しかしこのグラフを見て納得した。那覇の最も気温の下がる1月末、東京では4月中下旬に相当する。なるほど、コタツもストーブもいらないわけだ。そして、沖縄の長寿の秘密、これで分かった。こんなに冬が温暖ならば、そりゃあ長生きするわな。歳をとれば暑さがつらい。それはそうだが、寒さはもっとつらい。人が死ぬのは統計的にも夏よりも冬のほうが多い。そして、生物の種類・多様性を考えた場合、事態はもっと明白になる。生物の種類が多いのは、圧倒的に熱帯である。冬がないということは、それだけ生物にとってありがたいことなのだ(※)。身の回りを眺めても明らかである。冬となった今、どれほど目にする生物が減ったことか。特に昆虫などは顕著である。そして、昆虫と共進化してきた花たちも激減する。

私は子供のころは、四季は好きな順に秋、冬、春、夏だったが、今では夏、春、秋、冬になり、ほぼ逆になっている。子供のころは活力に満ちているので、気温が高いのが苦手だったが、今では歳をとったせいか、気温が下がるのがつらくなってきている。

(※)もちろん、寒さに適応している生物にとっては冬がなくなっては困るのだが。
ハクセキレイ 遠目これも11月17日撮影。コサギを撮った何百メートルか上流。キク科の花やオランダカイウ(カラー)の咲いているすぐ近く。

何か鳥が見えると思って、とりあえず撮ったのがこれ。

ハクセキレイそんでもって、ズーム。
コサギ女優をお寺に送る途中で。11月17日。
コサギ アップコサギのほかにダイサギ、チュウサギといて、大・中・小であわせて白鷺なんて、今日はじめて知ったわ。コサギは名前を知ったとき小鷺とピンと来たが、なぜかダイサギは大鷺とわからなかった。ダイサギとチュウサギが並んでいるのを図鑑で見てはじめて気づいた。
ゴイサギ撮影したのはもう2ヶ月も前、10月6日。調べもせず、ずうっと鳥の名前がわからないでいたが、ようやく調べて、すぐに分かる。まさか、サギだったとは。

昼間は林の中にいて、夕方から夜にかけて魚や虫などを捕らえて食べる。この画像は13時に撮っている。撮ってからしばらくしたらどこかに飛んでいってしまっていた。
気温の半旬別平年値のグラフは、本当はいろいろな都市のも入力して作ろうと思ったのだが、似たような数値を入れるとかえってごちゃごちゃして見づらくなると思ったので、人口が一番多い東京と、あとは大きく差が出るであろう北と南、すなわち札幌と那覇のものを入れた。

東京の場合、一番寒いのは立春のちょっと前、1月の終わり。一番暑いのは、立秋(とその直前)。注目の春と秋だが、予想通り、自分の感覚と少しずれる結果に。3月26日から3月末の平均気温と11月26日から11月末の平均気温が等しい。3月末はコートを脱いでいる可能性が高いが、11月末はコートを着ている可能性が高い(今年は11月は着なかったが)。これは、寒さに慣れているかどうかというのと関係しているだろう。
東京で3月末を冬という人はあまりいないと思う。たいてい春と答えるだろう。ところが11月末を冬という人は多い。私は11月29日生まれで、晩秋の生まれだというと、もう冬だよとよく言われる。春先と同じ気温なのに!今度からこのデータを持ち出すとしよう。
ちなみに、理科年表にはソメイヨシノの開花日の平年値(1971年?2000年の平均)も出ていて、それによると東京では3月28日である。見ろ!ちょうど私の誕生日のころと同じ気温がソメイヨシノの開花ではないか!私の誕生日は、春の始まりと同じ気温だ!ちなみに、私が生まれたときは、木枯らしビュービューの寒い日だったと聞かされている。
ただし、これには注意が必要である。平均値の落とし穴だ。元のデータを見ると、東京では(札幌もだが)、ほぼ5日間で気温が1度ずつ変化している。これは、平均だから滑らかにそう推移しているのであって、実際の気温というものは、1日違うだけで何度も上下する。天気予報での最高気温や最低気温の前日との差を見れば明らかだ。ソメイヨシノが開花するときは、がっと気温が上昇したときであり、生暖かい風を感じる。反対に11月末の寒い日は、冷たい風が吹いて本当に寒い。こうした記憶が、平均値としての気温よりも、われわれの季節に対する印象を強く作る。そして、反対に寒い3月は「早く春来ないかなあ」という一時の気持ちで春が来たらそのうち忘れ去られ、暖かい11月は、最近では「地球の温暖化」で片付けられる。気温の平均からのゆらぎはけっして小さくなく、そして、その平均からのずれに対する解釈、印象、記憶はけっして気温の上下に対して公平なものではない。かくして、平均気温は同じでも、一方は冬でなくて春、他方は秋でなくて冬になる。もしかしてこれは、今気づいたのだが、少しでも季節を先取りして感じるのが風流であるという日本の文化のためなのか。
春や秋を通過するたびに、これは反対の季節のいつごろの気温と同じなのだろうとよく思う。私が子供のころ、早押しクイズで「春分の日と秋分の日、気温が高いのはどちらでしょう」という問題が出たことがある。今の私には即答できる問題だが、ヒトの感覚の危うさを衝いたうまい問題だと思う。春は暖かく、秋は涼しい。しかし、客観的な温度となるとどうなのか。というわけで、理科年表を図書館から借りてきて、調べてみた。気温の半旬別平年値出ていたのは、半旬別(月末をのぞき5日毎)の地域別の30年間(1971年から2000年)の気温の平均値だった。グラフの縦線は、月初からの5日間の平均気温を表している。もちろん1月からスタートしている。このグラフからいろいろなことが読み取れるが、それはまた後日。

上のデータは以下にアップしてある。
http://konton.cside.com/zatsuzen/kion_shunbetsu.xls
クロヒラタアブ11月27日の日曜日。ブーンとけっこう大きい音がするので、見たらこれだった。ハニーアリッサムの近くに2匹いた(画像ではすべて1匹のみ)。
クロヒラタアブ姿を見てアブの仲間であることはすぐ分かったが、種まではさっぱり分からず。しかし、ハチとの違いは簡単。
クロヒラタアブ分類上は、翅が2枚なのがアブ(ハエやカも翅が2枚で双翅目)で、4枚なのがハチ(昆虫の翅は普通4枚)。しかし、標本ならともかく、飛んでいたらまず分からない。止まっていてもわかりづらい。それよりも、目(複眼)を見る。目がハエならアブ。触角も短く、とにかく、顔のつくりがハエに似ていたら、アブ。
クロヒラタアブ ホバリングこんな風に空中にホバリングしていたら、ヒラタアブ(とは限らないかも・・・)。

シャッター速度は1/400秒。上下に翅が見えるのは、この短い間に何往復かしていることを物語る。上下にだけ見えて真ん中に見えないのは、その短時間での存在確率の問題。つまり、真ん中を通過するときは翅のスピードが速く、上下部分では翅の運動方向が反転するために(折り返す瞬間のスピードはゼロ)スピードが落ちるため。単振り子と同じ原理(5円玉にひもをつけて振り子を作るとわかりやすい)。

で、これは太い黒帯が目印のクロヒラタアブらしい。
ヒメツルソバ11月17日に撮影したのだが、名前がわからず、かといって調べるのを後回しにしていたらもうこんなにたってしまった。ちなみに、その日は完全フル休日だったが、それ以来仕事を休んでいない。次の完全フル休日は12月11日の予定である。それはともかく、りおさんのフォト日和で名前を知ることができた。

「ウラジロチチコグサのロゼット」を撮ったのと同じ、これから家が建てられる更地にて。もともとあった家の庭に咲いていたものがそのまま逸出したのかもしれない。逸出というよりは居残ったというべきか。

ヒメツルソバの花花をアップ。タデ科イヌタデ属。ふむふむ、なるほどねという花のつくり。
今日、今シーズン初、コートを着て出勤した。まだコートなしでもがんばれるが、あまりがんばることに意味を見出せないので、着て行くことにした。昨日の夜には、職場の近くの街路樹の大きな葉もたくさん落ちており、気温がやや急に下がったことを物語っていた。うちのヘチマも古い葉は少しずつなくなってきており、ヘチマの大きないくつもの葉に隠れていたうちの庭が道路から見やすくなってきている。どこかが初雪だというニュースも朝には耳に聞こえてきた。冬になったと認めてあげよう。

しかし、最も日が短くなる冬至までまだ3週間ほどあり、最も気温が低下する節分や立春までまだ2ヶ月もある。立春の2ヵ月後は、早い年ならば(最近はほとんどそうのような気がするが)、ソメイヨシノはかなり散っている。ソメイヨシノが長く咲いたり、開花が遅い場合は、まだコートがいるかどうかというところである。

寒さへの耐性がない分、また、気持ちの上でも、同じ気温ならば春よりも秋から冬にかけてのほうがコートへの依存度は高まるだろう。12月と4月の気温を比べてみたい。平年の日々の気温が知りたい。どこかよいサイトはないかな。理科年表にならば出ているのだろうか。
アカスジカスミカメまたはアカスジメクラガメ以前はアカスジメクラガメと呼んでいたものをアカスジカスミカメと言い換えているようである。メクラが差別用語だからというのであろう。かなり迷惑な話である。

夏くらいにもこれが何者か知らずにデジカメに収めている。そのすぐ後だったと思うが、どこかのブログで同じものを見て、はじめてカメムシの仲間と知った。名前が変わったというのもそこで読んで知った。全国農村教育協会の『日本原色カメムシ図鑑』は1993年が初版だが、この本ではメクラガメで出ている。この10年くらいで名前が言い換えられるようになったのか?それとも私のように名前を変えることに反対であえてメクラガメ科という言葉を使っているのか?

アカスジカスミカメまたはアカスジメクラガメ2アカスジカスミカメまたはアカスジメクラガメは斑点米を産出する害虫となっているが、この近辺でイネの栽培といえば、電車男の学校で生きた教材として行っているくらいである。近所の家で見たこともないことはないが、発泡スチロールで作った小さな「水田」で、もしかしたらそれも小学校から持ち帰ったものかもしれない。

作物以外のイネ科といえばそれはそこらに生えている雑草であり、そうなるとアカスジメクラガメは、益虫は言い過ぎにしても、害虫にはならないだろう。ところで、トウモロコシにはつくのだろうか。
老いたオジギソウ撮影は11月27日の12時24分。オジギソウは熱帯原産の一年草なので、そろそろ寿命。むしろ、よく持ったと思う。結局買ってきた苗から植え替えることもなく、マメ科植物のたくましさでそのまま根を張り、移動ができなくなって今に至る。気づいたときには、葉を完全に開くこともなく、中途半端におじぎしたままの茎のたれ具合になっている。残念ながら花が咲くこともなかった。

ところで、オジギソウはなぜおじぎをするのだろう。おじぎはかなりのコストだと思う。そのメリットはいったい何なのか。不思議である。きっと、原産地で野生に生えている状態を観察しなければ、正しい答えは得られないだろう。ひとつだけ思い当たることがある。今年の夏から秋にかけて頻繁に起きたことだが、ヤマトシジミが止まるとおじぎをするので、ヤマトシジミはすぐに飛び立ってしまう。あれならば、葉に産卵をされたり、食われたりする可能性はぐんと低くなると思った。ただ、閉じた葉をバリバリ食べる虫がいても何の不思議もないとは思う。だから、この程度では、コスト高に対する理由としては弱いだろう。休眠運動が進んだものであることは間違いないと思うが、なぜそこまでするのか、私には謎である。


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