夜から雨という天気予報どおり、夜から雨。しかし、気温は別に低くない。一時の寒さはなくなった。体がなれた部分と実際に気温が低くないの両方だろう。今は部屋の温度は22.5度。
朝起きたら、14.5度だよぉ。
今シーズン、部屋の中の温度が20度切ったのは初めてではないか。さっきまで18.5度だったが、パソコンと人の熱か、今は19度になっている。にしても、ひんやり。これから、コタツに入るかな。朝までいっちゃいそうだ。この3日間で、布団の中で寝たのは2時間くらいなのだが。
朝もはよから仕事。11月としては記録的な(?)暖かい気温になると出かける前にクミゴンから聞いたが、確かに、お昼には、上着なしで袖をまくって歩いてた。お昼ごはんを食べた後、わざと緑がありそうなところを通って、職場(今日はアウェイ)に戻る。駐車場と小道の仕切りの壁に2匹のカメムシ(合体した直後のオスとメスなのか?)、そして、その近くの葉にやはりカメムシ。葉上のカメムシは、家で画像を確認したら、終令幼虫のようだった。しかし、どちらのカメムシも、今のところ種が不明。
夜は雨。だいぶ気温は下がった。
今朝はきれいな青空が広がり、これなら富士山きれいに見えるだろうな、屋上で見なきゃ、と思ったが、時間がなく、あわてて仕事に向かった。駅まで、途中、走った。
いつもと違う場所に出勤のため、乗った電車も違った。世界的に有名な企業の工場近くを通ったとき、白い富士山がくっきり見えた。家から見るよりも大きい。デジカメは持っていたが、走る電車の中からの撮影は、まず無理。その代わり、目に焼き付けた。
駅を降りて、しばらくすると、褄が黒いキチョウ。そのあと、神社の中を通っているときは、ウラギンシジミ。飛びながら、翅の表がオレンジなのが一瞬見えた。オス。さらに、オレンジと黒い翅をしたチョウが目的の駅の近くで舞っていた。アカタテハっぽかった。
仕事がなければ、あるいは、忙しくなければ、雨上がりの楽しい観察の日だった。だから、デジカメをもって出かけたのだが、ついに一枚も撮らなかった。月も夕方16時から、けっこうきれいだったんだけど。台風一過だったとは、家に帰ってきてから知った。
昨日の朝、南方系のミナミトゲヘリカメムシをベランダで見たので、またちょっくら温暖化について調べてみた。調べただけの範囲での結論を言うと、この20年は気温がわずかに上昇している。しかし、さらにその30年前は、都市部のみ気温が上昇している。それは、地球の温暖化ではなくて、地域的な都市化の影響のため。50年前のそれをいわゆるヒートアイランド現象と呼んでいいかどうかはわからないが、人が集まって「都市」になると、その地域の気温が上がるのは間違いない。それも特に最低気温が上がる(最低気温の上昇については以前にも調べた)。この20年の気温の上昇は、おそらく地球規模で平均し見られるものだろうが、それをもって地球の温暖化と結論付けるのは早計だろう。20年くらいならば、単にゆらぎとみなせる。実際、1970年代のはじめは地球全体で気温が低下し、当時は「地球寒冷化」の恐怖がまことしやかに話題になったと聞く。
まずは、明治時代から記録されている東京の年間の平均気温。これを見て東京の気温が上昇していないといったら、頭がおかしいだろう。最低気温の上がり方のほうが大きいことがわかる。データはすべて気象庁のホームページに掲載されている過去の気象データ検索を使用している(おそらく以前とurlが変わっている)。
東京の最低気温の変化だけを戦前と戦後に分けて比べると、明らかに戦後のほうが傾きが大きい。それにしても、この最低気温の上昇の仕方は大きい。
次は、東京、新潟、南鳥島、稚内の年間平均気温。新潟を選んだのは、東京と気温が重ならず、田中角栄の日本列島改造から都市化が進み、そこから気温が高くなったのではないかと思ったから。また、南鳥島は都市化とは無関係だろうから。北からも似たような島を選ぼうとしたが、観測点が変わったなどの理由で継続したデータがないので、やむなく稚内にした。いずれも気温が上昇しているが、やはり東京、新潟で上昇の傾きが大きいのがわかる。稚内は思いのほかばらつきが大きい。南鳥島では気温のゆらぎが少ない。さすがにまわりが海に囲まれているだけある。
1990年代から、世界各地で気温の上昇が話題になり、地球温暖化の報道もこれと連動して、増えているはずである。では、その90年代(ここでは89年も入れた)からの20年でどう変化しているかというのを調べたのが次のグラフである。確かに、南鳥島を見るとわずかながら上昇傾向は見られる。一番都市化の影響が少ないところでこうなのだから、やはり地球の平均気温は上がっているのだろう。しかし、東京や新潟はこの20年では、毎年のばらつきは別として、平均的には気温の上昇はほんのわずかしかない。稚内にいたっては下がっている。(書いている途中で気づいたが、たまたま平成になってからの平均気温であった)
最後に、「もはや戦後ではない」といわれた(いった?)1956年のちょっと前の52年から88年(昭和63年)までのグラフ。東京ははっきり上がっている。新潟は、東京とほぼ気温が連動しているが、上がり方は東京よりは緩やか。南鳥島と稚内はわずかに下がっている。あれ、ちょっと待って。稚内は、このグラフも、前のグラフも下がっている。しかし、さらにその前のグラフでは上がっている。ん?ということは・・・。そう、平成になってからの気温が高いということ。
というわけで、確かにこの20年は気温が高いかもしれないが、これをもって地球温暖化というのは問題だと思う。いつなんどき、また気温が下がってくるのかわからない。人間の活動による気温の上昇は、その周辺地域では間違いなくあるが、それが地球全体に及ぼされるには、地球はまだあまりにも広いのではないだろうか。たとえて言うなら、大勢ででテストをしたとき、一人だけズバ抜けて点数が高くても、全体の平均点はほとんど変わらないのと同じである。
朝、妙に早い時間に起きたので、7時半過ぎに鳥でも見にK林へ向かう。途中、以前住んでいたアパートの近くでちょっと聞き慣れない、でも最近よく聞く鳥の鳴き声。双眼鏡でのぞくと、やはりアンテナの上に止まっているのはモズだった。
K林の入り口に着くなり、人家のK林との境界ともなる塀にルリタテハ。朝日を浴びて体温を上げているところだった。あ、またモズの高鳴き、・・・と最初は思ったのだが、違う、でも聞き覚えのある・・・そうか、ワカケホンセイインコか。しかし、ワカケホンセイインコの姿は最後まで見つけられなかった。
オオスズメバチがもうこの時間から活動しているかどうかを知りたいというのもここに来た動機だった。いたよ、今日も5匹。これだけいると、近寄るのもさすがに躊躇する。
K林を2周くらいしたが、鳥は鳴き声がすれど、一度ヒヨドリが見づらい位置でなんとか見えたくらい。むしろ昆虫のほうがちらほら目についた。コミスジに赤とんぼ(たぶんアキアカネ)。ホシホウジャクっぽい蛾が常緑樹に止まるところを見たが、撮ろうとしたらすぐに飛び立ち、たちまち見失ってしまった。
K林に金網越しで接している大きな庭のある家の緑の中にオオカマキリ発見。カメラを構えると、完全に家の方向にレンズが向いてしまうので撮影自粛。この場所でキアゲハがよく見られるので、きっとこの家の庭でニンジンでも作っていることがあるのだろうなどと考えながら、家の中に人がいるのも見えたが、さりげなく庭をのぞいてみる。ずうっと見るわけにもいかないので、こっち見たり、あっち見たり。すると、K林の敷地の中でホトトギスが咲いているのを発見。他の植物の根元からこっそり生えているような感じ。これだけだとルリタテハの食草としては足りないなあなどと考えながら、また少しぶらつくと、その家の敷地の金網からこちらに突き出しているホトトギスの花を発見。なるほど、こぼれ種だったのか。この家が、K林で見られるルリタテハをいくらか結果的に育てているのかもしれない。
もう一回スズメバチを見に行く。今度は十分に距離をとって、双眼鏡で観察。やはり5匹いる。上のほうにいる2匹が頭と前脚でなにやらコミュニケーションを交わしている。お互いの匂いの確認だろう。と、そのとき、1匹のオオスズメバチが、まるで樹皮につまずいたかのごとく、つっかかって、そしてそのまま地面に落ちた。落ちてからのしぐさもぎこちなく、ああ、不器用な子。あれ、脚の先が一つ変なほうに曲がっている。あれは、飼っているクワガタが死の間近にさんざん歩き回って、脚の先端があさってのほうに向いてしまうのと似ている。もしや、あのオオスズメバチは、死が近いのかも。
翅も動かしているが、けっして飛ぶことはなく、死が間近なのかという目で見ると、いよいよのたうちまわってもがいているように見える。地面で悪戦苦闘した後、そのコナラの木の根元から、羽ばたきながら、しかし、木を上ってきた。脚のひん曲がりは、単に見えなかったのか、元に戻ったのかは確認できなかったが、私が観察をやめてその場を立ち去るまで翅はずうっと動かしたままだった。
オオスズメバチは、もうこれからは個体が減るはず。そのうち、死体も見られるかもしれない。見つけたら家に持ち帰って、長さを測ろうと思う。とにかくでかいから。
